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函館地方裁判所 昭和51年(ワ)284号 判決 1977年11月30日

原告

坂田勝義

被告

有限会社北光ハイヤー

ほか二名

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四九年八月一七日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

三  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 発生日時 昭和四九年八月一六日午後一一時三〇分ころ

(二) 発生場所 松前郡福島町千軒番外地附近路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(営業用・函五五あ一五七二―以下本件加害車という)

(四) 運転者 被告有限会社北光ハイヤー(以下被告会社という)従業員訴外鈴木良雄(以下鈴木という)

(五) 態様 原告が普通乗用自動車(帯五ふ九五九四以下原告車という)を松前方向に向けて道路左側端に停車させ、右後輪のタイヤパンクを補修していた際同方向に向つて原告の側方を通過しようとした加害車にはねとばされた。

2  責任原因

(一) 被告会社は、本件加害車を保有して自己のために運行の用に供していた者である。

(二) 被告古川定雄は、被告会社の代表取締役、被告古川時義は同会社の取締役であるが、いずれも被告会社に代り鈴木を監督していた者であるところ、本件事件は鈴木が被告会社の業務執行中、前方注視を怠り高速のまゝ加害車を運転走行させた過失により発生させたものである。

3  原告の受傷の部位・程度・療養の概要・後遺障害

(一) 原告は、本件事故により次のような傷害を受けた。

(1)頭部裂創、(2)脳挫傷、(3)逆行性健忘症、(4)顔面擦過創、(5)左頸骨々折、(6)左上腕部打撲傷、(7)左前腕骨々折、(8)左大腿骨複雑骨折、(9)右膝骨々折

(二) 原告は、右各傷害のため次のような療養を余儀なくされた。

(1) 本件事故当日から同五一年九月三日まで七五〇日間木古内国民健康保険病院で入院加療を受け、

(2) その間の同五一年三月二日、右病院の医師の指示により登別厚生年金病院整形外科で診察を受けた。

(三) 原告には、同年七月三一日を症状固定日とする本件傷害の後遺障害が次のとおり現に残存している。

(1) 左大腿筋胖の高度の萎縮

(2) 左膝関節の屈曲障害(正常可動領域の約二分の一)

(3) 左大腿骨々折に因る左下肢の二センチメートルの短縮

(4) 二年後に(1)について回復が認められると、(2)についての再手術の可能性およびそれによる屈曲障害の改善があるかも知れないが現段階では不明であり、仮に再手術が可能となつても完全な関節の機能障害の除去は期待できない。

4  損害額

(一) 入院雑費 金三〇万円

一日金四〇〇円の割合による七五〇日分

(二) 登別厚生年金保険病院の受診のための関連支出 金一万二、五六〇円

国鉄特急往復運賃金四、五六〇円と一泊宿泊費金八、〇〇〇円との合算額

(三) 左下肢短縮に依る補助装具購入代金 金三万〇、八五〇円

(四) 逸失利益 金一、四四一万円

(1) 休業損害 金四九三万円

原告は、本件事故当時、訴外東急道路株式会社(東京都渋谷区渋谷一丁目一六番一四号所在)札幌支店に技術員として勤務し、本給と付加給との合計で月額平均一六万円を超える給料を得ていた外、所定の賞与を支給される取極めになつていた。

(イ) 原告は、本件事故の翌日から二五か月間全く稼働できず、その休職期間中は給料を全く支給されなかつたので、これによる損害は金四〇〇万円である。

(ロ) 右期間休職のため、原告は右訴外会社から同四九年下半期の賞与について金一七万二、六七三円の減額をされ、また同五〇年上半期の金二三万四、二四六円、同年下半期の金二七万九、八五八円、同五一年上半期の金二四万四、七一二円の各期賞与を支給されなかつたので、これによる損害の合計額は金九三万円(一万円未満は切捨)である。

(2) 右二五か月経過後二年間における予想利益の喪失 金一五八万円

原告は、一年間に前記月額金一六万円の一二か月分と同五〇年度の例による賞与合計五一万円(一万円未満は切捨)の合算額である金二四三万円の収入を得ることが出来るはずであつた。

原告には少くとも二年間、前記記載の左膝関節の屈曲障害(自賠法施行令第二条別表第一〇級一〇に該当)が、又死亡時まで回復不能の前記左下肢の二センチメートルの短縮の障害(同令同表第一三級八に該当)と併存し、これらは、同令第二条第一項第二号二の規定に徴し総合して同表第九級に掲記される障害に相当すると認められるから、原告は右二年間三五パーセントの労働能力喪失の制限を受け(同三二年七月二日付基発第五五一号労働能力喪失率表参照)それによる過失予想利益の現価を新ホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、

2,430,000円×0.35×1.861=1,582,780.5円÷1,580,000円(1万円未満切捨)となり、右同額の損害を被つた。

(3) 右二年間経過後の予想利益の喪失 金七九〇万円

仮に右二年間経過後に左大腿筋胖の回復があつて左膝関節の再手術が可能となつても、それによる同部位の機能が完全に回復することは期待できず前記別表第一二級七該当の障害は残存することになると考えられる。

そうすると、これと前記左下肢の二センチメートルの短縮障害との併合による同表第一一級相当障害の労働能力喪失率である二〇パーセントの制限を二年経過後の時点から就労可能年齢六七歳まで三四年間(原告の生年月日は昭和二〇年二月一一日)受けることになる。

賃金センサス同四九年度第一巻第一表の産業計男子労働者学歴計における三〇歳から三四歳までの労働者の月当り平均給与額の一二カ月分と年間賞与その他特別給与額の合計は金二一四万七、〇〇〇円である。

そこで原告の右三四年間の逸失予想利益の現価を、右(1)の場合と同一方式で算出すると、

2,147,000円×0.20×18.414=7,906,971円≒7,900,000円(1万円未満切捨)(31歳から67歳までの36年に対応する係数20.275と2年に対応する係数1.361との差)

となり右同額の損害を被つた。

(4) よつて逸失利益の総額は金一、四四一万円である。

(五) 慰藉料 金三八〇万円

(1) 入院慰藉料

原告は、本件事故により左側を中心にほぼ全身にわたつて重大な傷害を受け、二五か月間という長期の入院を余儀なくされ、その間、金具脱却の場合を含めて五回の手術を受け、また左大腿骨について鋼線通達牽引あるいは腰部から左足に至るギブス固定処置等を長期間行なわされ、多大な苦痛を受けたので入院慰藉料は金一八〇万円をもつて相当とする。

(2) 後遺症慰藉料

原告は高校卒業後開発局訓練所でオペレーターの資格を取得してから約一〇年間重機オペレーターの業務に従事して来たものであるが前記後遺障害のため復職が極めて困難である。これまでと全く異つた職種への転職を考えると、他に特別な技能がないため就職の可能性は、後遺障害の身体的劣悪条件とあいまつて非常に低い。

これらの事情を考慮すると後遺症慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当とする。

5  損益相殺

原告は、次の金員を本件事故に関して受領した。

(一) 被告会社から金九八万五、〇〇〇円

(二) 自賠責保険の後遺障害保険金として金六七万円

6  よつて原告は、被告らに対し連帯して本件事故に基づく損害賠償金一、六八九万八、四一〇円の内金一、〇〇〇万円とこれに対する本件事故の翌日である同四九年八月一七日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項のうち(一)ないし(四)は認める。その余の事実は不知。

2  同第2項のうち(一)の事実および(二)のうち被告定雄同時義が被告会社の役員であつたことは認める。その余の事実は否認する。

3  同第3・4項の事実は不知。

4  同第5項の事実は認める。

5  同第6項は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第1項のうち(一)なし(四)については当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、第八ないし第二〇号証、第二二ないし第二四号証、第二六ないし第二八号証、証人森俊の証言および原告本人尋問の結果を総合すると請求原因第1項(五)および同第3項(一)の各事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

二  責任原因

1  被告会社の責任

被告会社が本件加害車を保有して自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。よつて、被告会社は自動車損害賠償法三条に基づき原告に対し本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告定雄および同時義の責任

(一)  成立に争いのない甲第二二ないし第二四号証、第二五号証の一ないし三、第二六ないし第二九号証、第三〇号証の一、二、証人鈴木良夫の証言および原告本人尋問の結果を総合すると

(1) 本件事故現場は幅員八・四〇メートルの平坦なアスフアルト舗装の直線道路で附近に人家はなく見通しは良いが、夜間は照明設備もなく真暗になる地点であること。

(2) 原告は前記日時ころ前記場所を函館方向から松前方向に向つて進行中、同車の右側後部タイヤがパンクしたのでスペアータイヤと交換のために同車を道路左側端によせて停車し、駐車燈を点滅させたうえ、後部トランクからジヤツキ等の工具類を取り出し、同車後の道路上に置き、次に同トランクからスペアータイヤを取り出し、同車右側後扉横の道路上に置いたこと、

(3) 加害車は、同時刻ごろ、原告車同様函館方向から松前方向に向つて時速約六〇キロメートルで進行し本件事故現場付近にさしかかつたが、約一四〇メートル前方に前記駐車中の原告車を認め、さらに衝突地点約四一メートル手前で原告と路上のタイヤに気付いたが、容易にその側方を通過できるものと軽信し、わずかに減速し、中央線より寄つて進行したところ、おりしも一〇〇メートル位前方の対向車に気を奪われ、前方注視を欠いたまま進行したため、原告を見失い、衝突地点前約三・五メートルに迫つて再び原告を発見したが、ハンドルを切る余裕なく、又即時ブレーキを踏んだが殆どその効果がないまま、原告の左大腿骨に車左前部を衝突させ、そのまま原告を約二四・五メートル引きづつたこと、

が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、加害車の運転者である鈴木は自動車運転者の守るべき前方注視義務を著しく怠つたものというべきである。

(二)  被告定雄が、鈴木の使用者である被告会社の代表取締役、被告時義が同会社の取締役であることは当事者間に争いがなく、証人鈴木良雄の証言および被告時義本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、被告定雄と同時義は親子であり、同居していること、被告会社は車九台、運転手一四~五人、事務員一人、配車係三~四人、役員三人の有限会社であるが、右役員の内訴外澤岡興七は名目上の役員でほとんど会社に出て来ておらず、実質上は古川親子の個人会社であること、被告時義は常務取締役として運行管理の仕事をしており、みずから運転手に対し交通法規や事故防止の注意義務等のいわゆる安全教育をしこれを直接指揮監督していたこと、被告定雄は会社の最高方針を決定しうる地位にあり、右時義に指示して車両の運行および運転者に対する指揮監督をしていたことが認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告両名は被告会社の事業の執行の代理監督者として民法七一五条二項により原告に対し本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

三  本件事故による原告の損害

1  入院雑費 金二一万四、八〇〇円

前記甲第八ないし第二〇号証、証人森俊の証言、および原告本人尋問の結果によれば、請求原因第3項(二)の事実が認められるが、右森俊の証言によれば、同年七月三一日に症状は固定し、以後は入院の必要はなかつたことが認められる。そうだとすれば入院を要する期間は七一六日となるところ、原告の前記傷害の程度に照らせば入院期間中一日平均三〇〇円の諸雑費を要することは、当裁判所に顕著であるから、右入院雑費の総計は金二一万四、八〇〇円と算定される。

2  登別厚生年金保険病院の受診のための関連支出 金一万二、五六〇円

前記一で認定した事実に弁論の全趣旨より真正に成立したものと認められる甲第二号証および原告本人尋問の結果を総合すると原告は同額の損害を受けたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

3  左下肢短縮に依る補助装具購入代金 金三万〇、八五〇円

弁論の全趣旨より真正に成立したものと認められる甲第三および第四号証、証人森俊の証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は同額の損害を受けたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

4  休業損害 金四五七万〇、〇二四円

前記一で認定した事実に弁論の全趣旨より真正に成立したものと認められる甲第五ないし第七号証、証人井上昭三の証言、原告本人尋問の結果および東急道路株式会社に対する調査嘱託の結果(回答)を総合すると、原告は本件事故当時二九歳六か月の健康な男子で東急道路株式会社札幌支店に技術員として勤務していたものであるが、本件事故の翌日以降症状固定日である同五一年七月三一日までは前記傷害の治療のため稼働することができなかつたこと、本件事故にあわなければ右会社に継続して勤務することが出来、本給と付加給との合計で月額一六万円を下らない収入のほか、同四九年下期賞与として一四万八、五二七円、同五〇年には上、下期賞与として合計五一万四、一〇四円、同五一年上期賞与として二三万六、一二〇円の収入を得ることが出来たこと、本件事故後の収入としては右会社から支給を受けた同四九年下期賞与の内金八万八、七二七円のみであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、症状固定日である同五一年七月三一日までの休業による損害額は次の算式により合計四五七万〇、〇二四円となる。

1) 昭和49年8月17日~同年12月31日

<省略>

2) 同50年1月1日~同年12月31日

160,000円×12+514,104円=2,434,104円

3) 同51年1月1日~同年7月31日

160,000円×7+236,120円=1,356,120円

5  労働能力喪失による損害 金六四〇万一、四九五円

前記甲第八ないし第二〇号証、証人森俊の証言および原告本人尋問の結果によれば、請求原因第3項(三)の事実が認められる外、右証言によれば原告の後遺障害のうち、左膝関節部の屈曲障害は、正常人に比しその機能は五〇パーセント程度であるが、徐々に左大腿筋群の高度の萎縮が回復することによつて左膝関節部の屈曲障害について再手術が可能になり、再手術によつて七五パーセントまで機能が回復する可能性があることが認められる。そうであれば、右障害の程度は少くとも自賠法施行令第二条別表一二級七号に該当するものと解するのが相当である。しかして、左大腿骨々折による左下肢の短縮は同第一三第八号に該当することは明らかであるから、結局同令第二条第一項第二号二により左下肢の後遺障害は総合して同表一一級に該当するものというべきである。

右認定事実によれば、原告は症状固定日から労働能力を一部喪失していることは明らかであり、その喪失率は原告主張の労働能力喪失率表によりこれを二〇パーセントと認めるのが相当である。しかるところ、前掲各証拠によれば、原告は年間二一四万七、〇〇〇円を下らない収入を得る労働能力を有しているものと認められるから、症状固定時から就労可能年齢の六七歳時までの三六年間の逸失利益を、右事故時に一時に取得するものとして、その中間利息年五分をライプニツツ方式により控除してその現価を求めると、次の算式によつて、金六四〇万一、四九五円となる。

2,147,000円×0.2×(16.767-1.859)=6,401,495円

6  慰藉料 金三〇〇万円

原告を受けた前示傷害の部位、程度、その治療経過、後遺障害の部位、程度その仕事に与える影響その他諸般の事情を考慮すると本件事故による原告の精神的苦痛は金三〇〇万円をもつて慰藉され得るものと認めるのが相当である。

7  損益相殺 金一六五万五、〇〇〇円

原告が本件事故に関し、被告会社から金九八万五、〇〇〇円、自賠責保険の後遺障害保険金として金六七万円、合計一六五万五、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

8  損害金残額 金一、二五七万四、七二九円

四  結論

してみれば被告らは連帯して原告に対し、金一、二五七万四、七二九円の損害金の支払義務があるところ、原告は右内金一、〇〇〇万円およびこれに対する本件事故の翌日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものであるから、原告の被告らに対する本訴請求はすべて理由があるのでこれを認容し訴訟費用の負担につき民訴法八九条、同九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久末洋三)

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